青い葉・涙・そして今
 



第1章、「青い葉」

<雨月寺>

8月のお盆休み。

普段は人が訪れることも少ないこの雨月寺も、この日ばかりはお参りに来た人達で溢れていた。

子供を連れた夫婦や初老の男性、親族全員でお参りにきたような団体など、様々な人達が行き交っている。

「ここは…何も変わってないな…」

そう呟いた女性は水くみ場で桶の中に水を汲むと、自分の目的のお墓に向かった。

その女性の向かっているお墓は、墓地の中で一番高い所にあった。

女性がお墓にたどり着くと、ひんやりとした風が彼女を迎えた。

茶色がかったショートカットの髪が少しだけなびく。

彼女は手に持っていた花を墓前に添えると、桶の水を柄杓ですくって、お墓のてっぺんから流した。

最初は澄んでいた水だったが、地面に達するまでにはうす茶色に濁っていく。

「…ごめんな耕一、今まで来てやらなくってさ…」

彼女はそう言ってもう一度水を掛ける。

そして彼女はその場に座った。

「耕一…お前が死んでから色々な事があったよ」

夏の強い日差しが、青々と茂った木々の隙間から洩れ、耕一のお墓を照らした。

「千鶴姉や…楓…それに初音も…鶴来屋も…みんなバラバラになっちまった」

彼女は目を閉じて耕一のお墓に語りかける。

「私…今さ、東京の大学に通ってるんだ」

風に吹かれて木々がざわめいた。

「でも、あんまりレベルの高い大学じゃあないけどな」

彼女はふふっと笑った。

「かおりの奴がさ、一週間に3回も<梓先輩、私もそっちの大学に行きます>なんて書いて手紙を送ってきやがるんだ」

さっきよりも木々が強くざわめく。

「まったく、しつこい奴だよな」

梓もまたさっきよりも強く笑う。

そしてふっと先程までの寂しそうな顔に戻った。

「なぁ耕一…、私、お前が羨ましい」

梓は少々自嘲気味に笑った。

「私…あのまま死んでしまったほうが楽だったのかもしれない」

木々のざわめきがピタリと止んだ。

「だってさ…こんなツライ思いをしなくてすんだのかもしれないから…」

梓がそう言った途端、木の葉が一枚耕一のお墓の上に落ちた。

落ちた場所がお墓の上とあって、その青々しさが一段と映えてみえた。

それはまるで、生きている者と死んでいる者違いを表すようなコントラストだった。

「…生きていれば誰もがこの葉っぱみたいになれるわけじゃないんだよ、耕一」

梓はその葉を掴むと、力を込めて握りつぶした。

梓の目から一滴の雫が落ち、やがてそれは乾いた地面に吸い込まれていった。



<あの日、耕一の死>


「…今夜は私、泣きながら眠ります。…そして明日、目が覚めたら、きっと 一番に貴方を捜すでしょう。・・・今夜のことが、夢であることを信じて・・・」



満月の夜、さらさらと流れる河原で抱き合う二つの人影。

「…こう…いち…さん…」

一つは千鶴。

そしてもう一つは、すでに息を引き取った耕一の、まだ温もりのある亡骸。

「うう…こういちさぁん…」

千鶴は、耕一を抱く手にさらに力を込めた。

もう自分を見てくれることはない瞳、何も語らない唇。

そしてもう2度と抱きしめてくれることのない、たくましい腕。

千鶴は、少しでも耕一という存在を感じたかった。

少しでも長く、そして耕一の温もりが消えてしまう前に。

千鶴から流れ落ちた涙が、だんだん温もりを失っていく耕一の頬を濡らす。

そして上流から吹くひんやりとした風が、その涙を乾かす。

もう何回この光景を見ていたのだろうか、次第に涙は枯れ始め、最後の一滴が耕一の頬に落ちた。

それと同時に、千鶴は後ろにある気配を感じ、耕一を抱いたまま頭だけ振り返った。

そこに居たのは…

「…楓?」

千鶴はそう言いながら耕一からすこし体を離した。

楓が、目に涙を浮かべて千鶴を睨むようにして立っていた。

「…どうして…千鶴姉さん、なぜ…耕一さんを殺したの…」

その声は震えていた。

耕一の死に対する悲しみからか、または千鶴に対する怒りからか、真相は分からない。

「…わかって楓、仕方なかったのよ…こうするしかなかったのよ…」

力無く答える千鶴。

だが楓はなにも答えない。

千鶴はさらに続けた。

「耕一さんは…自分の中の鬼を制御出来なかったわ…だから…」

「違うわ!! 耕一さんはあの連続殺人犯じゃないっ!!」

楓の断固とした声が、千鶴の声を遮った。

「なにを言うの…楓…耕一さんの胸の痕…あれが何よりの証拠だわ…」

「違うのよ!! 耕一さんは犯人じゃない!! 私には分かるのよ!! 耕一さんの気持ちや…考えたことが…耕一さんの…!!」

千鶴は、楓がエルクゥの持つテレパシー能力のことを言っているのだろうと思った。

しかし、千鶴はそんな耕一のテレパシーを感じたことがない。

楓には感知できて、私には感知できないはずない。

だって私と耕一さんは…お互いの気持ちを伝え合ったのはつい先ほどだけれども…愛し合っていたのだ。

それなのに…私にわからないはずが…

千鶴は自分に避難に眼差しを向ける楓の、風に揺れる黒髪を見てはっと思った。

「あなたが…エディフェルだから…?」

楓に聞こえないくらいの小さな声で、千鶴はそう呟いた。

「やっぱり私ではだめだったというの…耕一さん…」

千鶴は耕一のほうを向いて、今度は楓にも聞き取れるくらいの大きさで呟く。

もしここで楓のいうことを受け入れたら、自分は何の罪もない耕一を殺したことになる。

それは、千鶴の心の崩壊をも意味する。

「…私は…姉さんを許さない!!」

楓がそう叫んだ瞬間、周囲の空気が渦を巻き、楓を取り囲むように集まった。

目は赤く光り、地面は楓の体重の増加に耐え切れなくなり悲鳴を上げている。

「か…楓…?」

千鶴は信じられないといった様子で、鬼と化す楓をただ見つめていた。



次回「青い葉・涙・そして今」 第2章、「涙」。

二次創作置き場に戻る

トップページへ