blueball.gif (1613 バイト)  唐代伝奇  blueball.gif (1613 バイト)


2 杜子春


杜子春北周からにかけての人で、金持ちの家に生まれたが、若い頃から正業にも就かず道楽ばかりしてすっかり財産を使い果たしてしまった。親戚や友人からもすっかり愛想を尽かされ、破れた衣服をまとい、空腹のまま長安の都をうろつくという日々を送っていた。

しかしある冬の夕暮れ時に、杜子春東市の西門で一人の老人と出会った。その老人は彼が貧しい暮らしを送っていると聞くと、快く三百万の銭を杜子春に与えて去って行った。しかし彼は金持ちになると再び昔のような贅沢な暮らしをするようになり、仲間を集めて遊蕩に耽ったので、一、二年の間ですっかり金を使い切って元の貧乏暮らしに戻ってしまった。またもや市の門で自分の運命を嘆いていると、そこへやって来たのはかの老人。杜子春の有様を見ると、今度は一千万もの銭を貸してくれると言う。彼は以前の失敗を繰り返すまいと心に誓ったが、すぐにまた心変わりして、以前のような浪費を続けたのであった。彼は一、二年もしないうちに前に増して貧乏となった。

三度目も彼は同じ場所で老人に出会った。さすがに彼も恥じ入るばかりである。しかし老人は仕様がないなあと言いつつ、彼に三千万もの大金を与えた。杜子春は三度も自分を助けてくれた老人に、何とか恩返しをしたいと思った。そこで彼はこの金を慈善のために使うことにし、一通りの用事が済んだら老人のために力を尽くすことにした。二人は翌年の中元(旧暦7月15日)に老君廟老子廟)での再会を約して別れた。

杜子春揚州で田畑や土地を買って邸宅・店舗を建築し、そこへ一族の寡婦や孤児を呼び寄せて住まわせるなど、一族のために身を粉にして働いたのである。そうこうしているうちに中元がやって来た。二人は老君廟で再会を果たすと、連れだって華山雲台峰に登った。雲台峰には厳かな建物があり、中に入ると、仙薬を作る炉があった。老人は道士の服装に着替え、杜子春に丸薬と酒を飲ませて言った。「これから何が起ころうと、一言も口をきいてはいけませんぞ!」そう言って老人は立ち去った。

その直後に、黄金の甲冑を身につけた大将軍と名乗る武将が、大勢の部下を引き連れてやって来た。一人の兵士が剣を抜いて「お前は何者だ!ここで何をしている!」と何度も叱責したが、杜子春は一切答えない。大将軍の一行は激怒しつつも去って行った。すると今度は何千・何万という猛獣や毒蛇の類、あるいは稲妻や洪水・土砂崩れといった自然の災害が彼に襲いかかって来たが、いずれもひたすら声を立てずに耐えていると、すぐに消え去っていった。

その次には、さきほどの大将軍が鬼神を引き連れて現れた。彼らは油で煮えたぎった大鍋を置き、手に武器を持って、杜子春の周りを取り囲む。そして「姓名を名乗らなければ、心臓を槍で刺して鍋に放り込んでしまうぞ!」と脅したが、彼は答えない。すると今度は杜子春の妻を引き連れて来て、「姓名を申さなければ、こやつをなぶり殺してしまうぞ!」と怒鳴りつけたものの、やはり彼は答えない。妻も夫に向かって「ただ一言、姓名を名乗るだけではありませんか!」と必死に嘆願したが、彼は黙ったままである。結局妻は鬼神にめった打ちにされて、夫を呪いながら死んでいった。その様子を見て大将軍は、「こやつを生かしておくわけにはいかん。」と杜子春の首を斬らせた。

彼の魂は閻羅王閻魔大王)のもとに送られ、溶けた銅の汁を飲む・釜ゆでの刑・ひき臼に引かれる・刀の山を登るといった一通りの拷問を受けたが、うめき声ひとつたてない。閻羅王はそこで、杜子春宋州単父県の県丞・王勤の娘として生まれ変わらせることにした。

女として転生した杜子春は幼い頃から様々な病に悩まされ、また生まれてから一言も口がきけなかった。しかし成長すると絶世の美女となり、という文人が「口がきけなくても良いから」と彼女に求婚してきたのである。結局彼女はと結婚することとなった。

夫婦仲はたいへん睦まじく、数年後には男の子が産まれた。だが人間とは勝手なもので、段々とは、妻が口がきけないのを不満に思うようになった。彼はいろんな手を使って妻の口を開けさせようとしたが、無論口がきけるようになるはずも無い。しまいに夫はカッときて、「お前の産んだ子などいるものか!」と我が子を持ち上げて、頭を石に叩きつけてしまった。赤子の頭は砕けて、血があたり一面に飛び散る。その様子を見て彼女は思わず「ああっ!」と声を漏らしてしまっていた。

その瞬間、杜子春は長い夢から覚めた。そこはもとの雲台峰の建物の中であり、あの老人も目の前にいた。仙薬を作る炉の中の炎が突如燃え上がり、その建物は土台を残して燃え尽きてしまった。「畜生め、失敗じゃ!」と老人は叫び、続けて言った。「お前は心の中の喜びや怒り、哀しみ、恐怖といった感情を断ち切ることが出来たのに、ただ一つ愛だけは断ち切れなかった。あそこで声を漏らさなんだらわしの仙薬が完成し、お前も仙人になれたろうに。全てが水の泡じゃ。ここから出ていきなされ。」

杜子春は俗世に戻ってからもずっと、老人との誓いを忘れたことを恥ずかしく思い、悔やんでいた。あきらめがつかず、後に再び雲台峰に登ったが、そこにはもう人影ひとつ見あたらなかった。


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