はじめに
『平妖伝』は、『西遊記』や『封神演義』と同じく神魔小説(妖怪小説)に属し、これらの小説の先駆けである。正式なタイトルを『北宋三遂平妖伝』という。全40回であるから、『封神演義』なんかと比べるとかなり短い小説である。中国本土では、早い時期に人々の人気を失って廃れてしまったようである。日本では江戸時代に、あの『南総里見八犬伝』を書いた滝沢馬琴が注目していたということもあって、「奇書」として知られている。
物語は、人語を解する白猿・袁公が天上界から「如意宝冊」という秘術書を盗み出したところから始まる。袁公はこの秘術書を下界に持ち出すが、これがまた蛋子(たんし)という青年僧に盗まれてしまうのである。しかし彼はこの書を解読出来ず、聖姑姑(せいここ)という老婆にこれを手渡し、その弟子となる。聖姑姑とその弟子たちは「如意宝冊」の秘術を修得し、王則という軍人と結託して朝廷への反乱を起こす。
物語の見所は、蛋子和尚や聖姑姑、左黜児(さちゅつじ)といった妖人たちの活躍ぶりであろう。本来物語の主役であるべき朝廷側の人物よりも、却って印象的である。また、下の「登場人物紹介」を見てもらえばお分かりになるだろうが、「〜の生まれ変わり」となっている人物がやたらと多い。この「転生」が、物語の重要な鍵となっており、物語は、この主要人物の転生を軸に展開していくのである。このユニークな妖人たちと、複数に折り重なった転生譚に注目して、物語をご賞味ください。
登場人物紹介
妖人(反乱軍)
蛋子和尚(たんしおしょう)…卵から生まれたという奇怪な出生を持つ青年僧。雲夢山(うんぼうざん)から「如意宝冊」という妖術の奥義書を盗み出し、その解読のために聖姑姑の弟子となる。「弾子」とも呼ばれる。
聖姑姑(せいここ)…狐の化身で、妖術に通じている老婆。夢に則天武后のお告げを受ける。
胡黜児(こちゅつじ)…聖姑姑の息子で、いたずら好きな性格。左足がびっこを引いており、左黜児・左児(さかじ)とも呼ばれる。
胡媚児(こびじ)…聖姑姑の娘で、黜児の妹。兄と同様にいたずら好きであるが、それが命取りになる。
胡永児…胡媚児の生まれ変わり。商人の家に生まれるが意に染まぬ結婚を強いられ、前世の母である聖姑姑のもとに身を寄せる。やはり前世の因縁により、王則と結婚。
王則…貝州(ばいしゅう)の軍人であるが、実は則天武后の生まれ変わり。聖姑姑らと語らって「東平郡王」(とうへいぐんのう)と名乗り、朝廷に対して反乱を起こす。
張鸞(ちょうらん)…法術を得意とする道士。胡媚児の転生を助ける。その縁で聖姑姑の弟子となり、王則の反乱に加担するが、後に王則を見限って反乱軍から去る。
任遷・呉三郎・張屠…三人とも元々は民間人であったが、聖姑姑の弟子となって妖術を授けられる。
卜吉(ぼくきつ)…元々は行商人であったが、縁あって張鸞の弟子となる。
朝廷側
仁宗(じんそう)…宋王朝の第四代皇帝。名君の誉れが高い。実は天上の赤脚大仙(せっきゃくたいせん)の生まれ変わり。
包拯(ほうじょう)…名裁判官として有名な人物で、「包龍図」・「包青天」などと呼ばれる。妖人たちの跋扈に悩まされる。
文彦博…老いてますます盛んな宋王朝の大臣。王則らの反乱討伐軍の総大将。
李遂・馬遂…二人とも朝廷軍の一員で、王則討伐に手柄をたてる。諸葛遂智とこの二人を合わせて「三遂」(さんすい)と呼ぶ。
諸葛遂智(しょかつすいち)…甘泉寺の老和尚で、王則討伐軍の軍師となる。その正体は…?
その他
九天玄女…天上界の有力な女神。袁公を弟子にする。
袁公(えんこう)…妖術を身に付け、人語を解する白猿。天上界から「如意宝冊」を盗み出し、雲夢山の白雲洞にこもる。
玉帝…天上界の主神。
賈道士…正式には「賈清風」と名乗る。胡媚児に一目ぼれするが、思いをかなえられずに死に、胡永児の最初の夫として生まれ変わる。
胡員外…正式には「胡洪」。胡永児の父親である商人。
楊春…「楊巡検」とも。土地の名士で、妻とともに聖姑姑に帰依し、彼女たちを援助する。