平妖伝
1 袁公、天界より如意冊を盗む
この物語は、まずは春秋時代、呉王・夫差と越王・勾践(こうせん)が互いに争いあっていた頃より始まる。時に越国の宰相である范蠡(はんれい)は、南山に剣術に精通した処女が住んでいる事を聞き、彼女を軍師として越国に招くことにした。この処女こそは、玉帝(天帝)が暴虐な呉王・夫差を倒すために下界に遣わした女神・九天玄女(きゅうてんげんじょ)であった。
彼女が范蠡の招きに応じて山を下りる時に、突然一人の老人が挑戦してきた。この老人は、実は長年の修行で妖術を身に付けた白猿が化けたものであり、袁公(えんこう)と名乗っていた。しかし処女は難なく袁公を返り討ちにした。処女は越国に着くと、王の命令によって軍隊の教練に励んだのである。そして越の軍が強大になったのを見て、誰にも行き先を告げず越国から去って行った。その後、越王・勾践は処女に訓練された軍隊によって、呉王・夫差の軍を打ち破り、彼に替わって覇者となるのである。
南山への帰り道で、処女は再び袁公に出会った。今度は袁公、彼女の弟子にして欲しいとひざまづく。処女は、袁公が従順な態度を示しているのを見て、彼を弟子にしてやることにした。そして彼に剣術を教え、弾丸に変化する雌雄一対の剣を授けたのである。
さて、九天玄女は袁公を連れて天界に帰還し、玉帝に謁見した。玉帝は袁公が術に長けているのを見て、天界の書物庫の管理人に任命した。天界の役人になっても袁公のやんちゃな性格は直らなかった。ある日玉帝が重臣たちと、崑崙山(こんろんざん)の西王母の主催する宴会に出掛けて宮殿が空っぽになったのを見て、書物庫に封印されている貴重な書物を盗み見てやろうと考えた。袁公はそれらしい宝箱を見つけると、むりやり箱をこじ開けて一冊の書物を取り出した。これこそが天(てんこう)三十六・地
(ちさつ)七十二の計百八の秘術を記した如意冊(如意宝冊)であった。
袁公はその如意冊を盗み出して、故郷の雲夢山白雲洞(うんぼうざんはくうんどう)に持ちかえり、百八の秘術を石壁に記して他の猿たちが見れるようにしたのである。もちろんこの事は玉帝の知る所となり、雷部の神々を雲夢山に派遣した。袁公は精一杯抵抗したものの雷神たちに捕らえられ、玉帝の前に引き出された。袁公は如意冊を差し出し、どうか命ばかりはお助けをとひざまづいた。袁公の罪は本来は死刑に値するものであったが、彼が九天玄女の弟子であることを考慮して罪を許し、白雲洞の、如意冊の秘術を記した石壁を守らせることにした。他の猿たちは全員雲夢山を追い出されてしまい、袁公はたった一人で、件の石壁の番をすることになったのである。
この百八の秘術を記した石壁が、後に天下を騒がせる原因となる。その天下を騒がせる事件とはいったい何か?