沖縄旅行(06年 12/21〜/27)


 12/27(水) (7日目)


   気持ちよく目が覚めた。

     

   那覇市街を望む。

   宿で朝食をとり、8時半に出発。
  那覇港に寄って、売店で、かりゆしウェアを買い、急ぐ。
  最後の給油をセルフで済ませた。

   9時20分、沖縄レンタバイクへ戻り、スクーターを返却。
  追加料金はなかった。ラッキーである。

    ご主人に送ってもらい、9時50分、那覇空港へ着く。

     

   離島へ行く飛行機かな?

     

   JAL 2572 便・B767-300、10時50分発。
  ほぼ満席で、真ん中の席だったんで、景色も見えなかった。
  まあ、天気もあまり良くなかったしね。大阪まで、1212 km だ。

   12時45分、関西空港着。
  やっぱり、空港から出ると寒いね。曇ってるし。

   南海電車で最寄り駅まで。
  自宅に2時頃、無事、帰着。


  本日の走行  11 Km (急いだね。)



まとめ

   ハッキリ言って、今回の沖縄旅行の旅行記は、まったく書く気はなかった
  帰ってきてからも、書く気は起こらなかった。なぜなら、手間がかかるし、面倒だからだ。

   けど、ひめゆり平和祈念資料館で会った生存者のおばあさんに
  声をかけられなかったことが、心に引っかかり、心残りになっていた。
  そして、申し訳なく思っている。もちろん、今でもだ。

   しかし、たとえ今、おばあさんが、目の前にいても、どのよう声をかけたらいいか、わからない・・・・・。  

 
   だから、考えた。
  声をかける代わりにできることを・・・。

   そこで、おばあさんは、自分の体験したことを伝えに、平和祈念資料館に来てたんだから、
  僕が資料館で感じたことを書き留めることも、できることの一つだと考えた。
  それゆえ、この旅行記を書いた。

  
   それにしても今(1/07)、日本は、胡散臭い方向へ邁進している。
  愛国心のないヤツが、「愛国心」を国民に強要している。特に物事の判断ができない子供に・・・。
  同時に、防衛庁が防衛省に格上げされた。なぜなら、権益が大きく、強くなるからね。


   太平洋戦争末期、日本軍は沖縄で戦った。
  その結果、沖縄県民の 1/4 (10数万人)が殺された。

  この数字、軍が採った作戦を考えると、
 どう考えても、日本軍は沖縄県民を守るために戦っていない


   たぶん、日本本土で戦ったとしても、結果は同じだったろう

    日本軍の組織は、旧態依然、今も続く官僚組織と同じ特徴を持っている
  その一つは、失敗した者が、責任を取らないことだ。
  それどころか、失敗したヤツが、また戻ってきて、何度も同じ失敗をしている。

   そして、もう一つの特徴は、その組織は、国民を幸福にするため、国民を守るためではなく、
  自らの権益の追求と組織を守るためのみに存在しているということだ。


   本当の愛国心を持つ日本人は、
  自ら歴史、その他に学び、日本・世界を危うくする事・者を認識し、
  未来に責任ある行動をとれる者のことである。


   書きたいことは、たくさんあるが、この辺にしておく。  


 ぜひ、沖縄に行って、沖縄についてたくさんのことを知ろう

  でも、沖縄って、日本とアジアの間やなあ。 
   


全走行データ (スズキ・アドレスV125G)

 総走行距離    679 Km
 消費ガソリン    19.6 L
 燃費    34.64 Km / L



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