封神演義
1 「戦乱の予兆」
時に殷王朝最後の王・紂王(ちゅうおう)の御世のこと。紂王は生まれつき英明で力も強く、また宰相の商容・太師の聞仲・鎮国武成王の黄飛虎といったすぐれた家臣にめぐまれ、殷の天下はまだまだ安泰であるように思われた。しかし紂王が即位してから七年目に北海の七十二諸侯が反乱を起こし、聞仲はその討伐に向かう。
そんなある日のこと。紂王は商容の勧めで女(じょか)という女神の宮殿に詣でることになったが、その女
の神像のあまりの美しさにみとれ、宮殿の壁に女
を自分の側に侍らせたいという内容の詩を書きつけた。その詩を見た女は激怒し、千年の狐の精、九首の雉(きじ)の精、玉石の琵琶の精の三匹の妖怪を呼び出し、人間に姿を変えて王宮にもぐりこみ、紂王の心を惑わして殷王朝を滅亡させよと命じた。
一方、紂王は女の神像を見て以来、心が晴れない。悪臣の費仲と尤渾(ゆうこん)は、自分達にワイロを贈ろうとしない諸侯の蘇護への復讐のため、紂王に蘇護の娘は絶世の美女であるとふきこんだ。案の定、紂王は蘇護に娘を差し出すように命じるが、剛直な蘇護はこれに反発し、殷王朝への反乱を起こした。四大諸侯の一人、北伯侯の祟侯虎がその鎮圧に向かったが、蘇護一党も奮戦し、なかなか決着がつかない。結局やはり四大諸侯の一人、西伯侯の姫昌(後の周の文王)のとりなしにより、蘇護は娘の妲己(だっき)を紂王に差し出すことにした。
しかし殷の都・朝歌への途中の宿で、妲己は女の部下である千年の狐の精に取り殺され、身体を乗っ取られてしまう。紂王は妖艶な妲己におぼれて政務を顧みなくなり、更に妲己にそそのかされて自分を諌めた家臣を炮烙(ほうらく)の刑によって殺すなど、残虐なふるまいをするようになった。
四大諸侯の一人、東伯侯・姜桓楚の娘である姜皇后はこの状況を見かねて紂王と妲己を諌めるが、紂王の暗殺を計ったという濡れ衣を着せられ、処刑されてしまう。姜皇后と紂王の息子、殷郊・殷洪の両王子は、方弼・方相という豪傑に助けられて朝歌からの逃亡を計るが、途中で捕らえられ、いよいよ処刑という時になって、広成子・赤精子の二人の仙人が妖風を吹かせて両王子をさらっていった。紂王の暴虐に耐えかねて引退していた宰相・商容はこの事件を機に再び朝廷に赴き、紂王を諌めるが聞き入れられない。絶望を感じた商容はその場で自殺したのだった。
さて、これによって皇后の地位についた妲己であるが、姜皇后の父である東伯侯の姜桓楚の復讐を恐れ、いっそのこと四大諸侯を全員朝歌に呼び寄せて殺してしまおうと考えた。その命令は当然西岐の姫昌のもとにも届いた。姫昌は占いによってこれから七年の間、大難に遇うことを知っていたが、政務を長男の伯邑考に任せ、敢えて朝歌に向かった。旅の途中、姫昌は雷震子という赤子を拾って養子とし、その場に現れた仙人の雲中子にその赤子を養育させることにした。
朝歌では四大諸侯の処刑が命じられ、東伯侯・姜桓楚と南伯侯・鄂祟禹(がくすうう)は殺されたが、祟侯虎は費仲と尤渾にワイロを贈っていたので両人から命乞いをされ、姫昌も諸臣からの要望で、死刑は許された。しかし紂王が大往生をとげられないと予言したために里(ゆうり)に幽閉されることになった。その後、父の後をついで新たな東伯侯・南伯侯になった姜文煥(きょうぶんかん)と鄂順は配下の諸侯と語らい、殷王朝に対して反乱を起こした。