article

FMファンより

HARRY CONNICK Jr.ハリー・コニックJr.

あらゆる芸術が好きなんだ。チャンスがあればどんなことにでも挑戦する。

インタビュー・文 中安亜都子

 

今回のようなアルバム企画はみんなにとってハッピー

 「僕はいろんな音楽が好きだけど、自分のハートが心地よいと感じるのは、やっぱりジャズなんだ。ここ数年ジャズから離れていたので、そろそろ僕の本領が発揮できるジャズ・アルバムを作りたいと思っていたんだ。」

 ハリー・コニックJr.が帰ってきた。懐かしい時代の香りと、あたたかいボーカル、そしてゴージャスなオーケストラの響きを携えて。ここ数年『SHE』(94年)、『スター・タートル』(96年)と故郷ニューオーリンズの仲間たちとともにファンクの濃密なグループがうねるアルバムをレコーディング、しばしばジャズから離れていたハリーだが、スタンダード風味たっぷりの全曲オリジナル作『トゥー・シーユー』(97年)でジャズに軌道をシフト。続く最新作『カム・バイ・ミー』はオリジナルトスタンダードをまじえたハリーらしい、ハリーならではのアルバムだ。

 「これまで全曲スタンダード、そして全曲オリジナルのアルバムと作ってきたので、ここらで半分古い曲、半分オリジナルの新曲のアルバムを作りたいと思っていた。レコード会社も僕がスタンダードを歌うのは大歓迎だからね(笑)。このアイデアはみんなにとってハッピーなんだ。今後もこのスタイルでレコーディングすると思うよ。」

 リラックスした歌声で聴かせるオープニングの「ノーホエア・ウイズ・ラブ」、ニューオーリンズスタイルのピアノが弾むタイトル曲「カム・バイ・ミー」、そしてヘンリー・マンシーニ作曲の「シャレード」と。このアタマ3曲のスムーズなノリ、何かフッ切れたような軽やかさは、このアルバムが会心作であることを物語っている。

 「ヘンリー・マンシーニの曲はドラマティックで好きだ。ある日ドライブしていたらこの曲の古いレコーディングがラジオから流れてきて、すごく揺り動かされた。それで今回入れたんだ」。また各2曲ずつ取り上げたアーヴィング・バーリンとコール・ポーターについては、「2人の作曲家の作品は、子供の頃から何気なく聴いていたけど、ちゃんと聴くようになったのは18歳ぐらいからかな。彼らの作品を自分で演奏するようになって、レベルの高さがよく分かったね。実はじっくりと選んでいる時間がなかったので、僕の頭にぽんと浮かんできた作品をレコーディングしたというわけさ。どんな作品でもいいんだ。何でも出来るから(笑)」。

 これら有名作曲家のスタンダードの意匠をこらしたアレンジは新作の聴き所のひとつだが、その中でも出色なのが「クライ・ミー・ア・リバー」だ。ジュリー・ロンドンの歌で知られる失恋ソングを彼はニューオーリンズのマーチング・バンドふう、つまり葬送行進曲ふうにアレンジ。ミシシッピー川の流れるニューオーリンズ魂のよりどころとするハリーらしいアレンジで、失恋の歌を超えたイメージの膨らみのある歌に仕上げている。

 

エリントンを敬愛する音楽への情熱がオーケストレーションに凝縮

 新作はともするとデビュー時に戻ろうとしているととらえられるかもしれない。しかしアルバムを通して聴かれる卓越したアレンジによる華麗なオーケストレーションからは、アグレッシブに進むその姿勢が伝わってくる。ホーンが響きあい音が渦を巻くフォルテシモの華やかさ、しんと染みわたるようなピアニシモのやさしさーデューク・エリントンを敬愛する彼の音楽への信念や情熱が、この素晴らしいオーケストレーションに凝縮され、改めて彼の才能を感じる人も多いことと思う。

 「新作のレコーディングは、ほとんどが一発録(ど)り。オーバー・ダビングや編集はいっさいナシの本物のジャズ・アルバムなんだ。最近、実感しているのは年をとったら、全体がもっと引いて見えてきた。例えば自分の声にしてもどう聴こえるかを考えながら歌えるようになった。客観的に自分をコントロールできるようになったんだよ(笑)」

 最近二人目の女の子が誕生したハリーは現在31歳。「演技するのは面白いし、やりがいを感じる」と言う彼は、サンドラ・ブロックとの共演作「微笑みをもう一度」に続いてこの秋、アメリカで公開される映画「ウェイウッド・サン」では初めて主役を演じた。「映画と音楽に限らず、僕はあらゆる芸術が好きなんだ。チャンスさえあればどんなことにも挑戦したいと思っている」というハリーの可能性はさらに広がりつつある。

 

profile

 1967年9月1日ニューオーリンズ生まれ。19歳でミュージック・シーンにデビューして以後、映画「恋人たちの予感」のサントラを手がけるチャンスからグラミー賞を獲得。そして音楽活動と同時に俳優としての活動もスタートさせ、映画「メンフィス・ベル」の中で独特の甘い歌声で歌った「ダニー・ボーイ」のシーンには女性ファンが熱狂した。90年代に入ってからはニューオーリンズ・ファンク・アルバムに挑戦し新境地を開拓。全作『トゥー・シー・ユー』では、フル・オーケストラによる作品を手がけ、ピアニスト、ボーカリスト、としての才能のほかにアレンジャー、コンダクターとしての手腕を発揮した。


 

 

FMファン 2000 NO,5

ハリー・コニックJr.

全てが挑戦だった今回のライブ・ツアー

ライブ・リポート&インタビュー  中安亜都子

 

スウィングする姿がやはり似合う

 演奏が始まった瞬間、フワリと柔らかい雲の上にいるような感覚に包まれた。ハリー・コニックJr.のライブでのことである。雲の上にいるような心地にさせたのは、15人にも及ぶホーン・セクションが奏でるハーモニーがなんともふくよかだったからだろう。この優雅にして奥行きのある演奏に今回ハリーが賭けた情熱を感じたし、これは、また、今日ではなかなか耳にする機会の少ないビッグ・バンド・ジャズならではの醍醐味でもある。

 演奏はカーン&スタインのスタンダード「アイ・スティル・ゲット・ジェラス」でスタート。成熟しつつも瑞々しい情感をたたえたボーカルはオープニングから絶好調。2曲目で大ヒット曲「ウィ・アー・イン・ラブ」が始まりステージは一段と華やかに。スウィングするリズムに乗って歌う彼には、やはりジャズが似合う。それは最新作『カム・バイ・ミー』を聴いた人なら誰もがそう思ったはずだ。

 「アレンジやリズム、ピアノを弾くこと、そして指揮することすべてが挑戦だった。とくにアレンジには時間をかけたね。ハーモニーを考えて演奏かそれぞれに違ったスコアを用意しなくてはならなかったので、その作業が大変だった」

 この成果は複雑なスコアから滑らかな聴き心地を生んでいるオーケストレーションで実感できる。「デューク・エリントン、ネルソン・リドル、そしてベートーヴェンはオーケストレーションのグレート3なんだ」という彼が、これまで積み重ねてきたものがワインのように発酵し芳香を放っている、そんな聴き心地だ。中でも「音数が多くて大変だった。この曲は進化の証だと思っている。というインストゥルメンタル曲「ネクスト・ドア・ブルース」は、ライブでニューオーリンズ仕込みのダイナリズムを発揮。「クライ・ミー・ア・リバー」「ダニー・ボーイ」と並ぶ当夜(1月13日NYラジオ・シティ・ホール)の聴きものだった。

 

ぜいたくをさせてくれたライブ

 バンドのメンバーは総勢17人。旧知の間柄のリロイ・ジョーンズ(Tp)、ルシアン・バーバリン(Tb)の二人がそれぞれボーカルをとったり(いい味だしてる!)、ピアノを弾くハリーがピアノ本体を叩き、さらにはステージの床をタップ・ダンス風に叩くパフォーマンスを披露するなど、バラエティ豊かなステージでアメリカのエンターティメントの伝統を感じさせてくれた。そしてまたコンピューターを使わず生音にこだわったこのライブで私は近年最高のぜいたくな時間を過ごしたのだった。

 

profile 

 1961年9月11日にニューオーリンズで生まれる。幼いころからジャズに興味を持ちNOCCA(ニューオーリンズ・センター・フォー・ザ・クリエイティブ・アーツ)に4年間通い、エリス・マルサリスの音楽指導を受ける。スウィング・ジャズやボーカル、ピアノを聴かせてくれるほか、俳優としても、その実力を発揮している。