金烏工房東征記
5 御茶ノ水から秋葉原へ − 十万円の価値 −
さて、我ら一行は居眠り猫さんと別れた後、御茶ノ水を目指すことにしたが、そのあたりから私は荷物の重さに苦しみだした。海風と内山で買った本をそれぞれ紙袋に入れて持ち歩いていたが、これが予想以上に腕にくる。宣和堂さんが見かねて「ひとつ持ちましょうか?」と声をかけてくれたが、それも悪い気がしたので、やせ我慢して「大丈夫です!」と返答した。以後、「これが2万5千円の重さなのだ!」と訳のわからんことを考えながら、頑張ることにする。(本に使った金額が大体そのくらいだった。)
そうこうしているうちに先頭を歩いていた飯香幻さんが「ここを曲がればニコライ堂ですよ。」と指さしたが、実際その道を曲がってみると、遠目に荘厳な聖堂が見えた。「あれえ?ここから聖堂の方に出られるはずなんだけどなあ・・・」しばらくその場を探索してみたが、それ以上は行き止まりで進めない。「すみません、曲がる道を一本間違えたみたいです〜。」気を取り直して再出発!ひとしきり歩いて、今度はニコライ堂を間近に目にすることが出来た。
やっぱり遠目に見るのとは迫力が違う。みな、聖堂の荘厳さに思わず息を呑む。飯香幻さんの話によると、信者のふりをして中に入るのも可能ということだったが、そこまでするのも難なので、外から眺めるだけにする。建物に見とれているうちに、聖堂の扉の上に、キリストが聖書を開いている絵が掲げられているのを発見。絵の中の聖書には縦書きでデカデカと「太初に言有り」と書かれていた。「はじめに言葉ありき」のことであろうが、「何で日本語で、しかも縦書きに書いているんでしょうね?」と多岐さんがつっこんだ。
しばらく眺めて満足すると、今度はいよいよ湯島聖堂に出発!元々は湯島聖堂に集合する予定であったが、初めての人は御茶ノ水駅から迷いやすいという意見が出て、急遽水道橋駅に集合場所に変更したのである。眼下に御茶ノ水駅を見下ろせる所までたどり着き、目の前に聖橋が見えたが、先頭の飯香幻さんと多岐さんに先導されて、橋の側の階段を下り、聖堂の門までたどり着いた。なるほど、一人で来たら迷っていただろうなあ(^_^;)
時刻は3時半、閉門の30分前であった。早速中に入って歩いていくと、台湾から贈られたという孔子像が屹立していた。まばらに観光客がやって来ては写真を撮っている。人がいなくなったのを見計らって、我々は銅像に近付いた。宣和堂さんが先頭をきって銅像をベタベタと触りまくり、私はパシャパシャと写真を撮る。他のみんなも「なぜか剣を持っているんですねえ。」「すごいなあ」と感心しながら銅像を眺め回した。
一通り銅像を見ると、今度はいよいよ大成殿へ。元々これを見るために東京まで来たのであるから、私の感慨もひとしおである。殿の中には孔子を初めとして、孟子・曾子等が祭られており、ここが日本の儒教の中心地であることを思わせる。神社・仏閣とはまた違った雰囲気なのが珍しく、みなであちこちを眺めまくる。その一角で、明徳出版・大修館書店あたりから出ている儒教関係の書籍が売られていた。斯文会が主催している講座のパンフレットなんかも置いてあって、SUIKOさんがこれを取ってきた。中を見てみると、『紅楼夢』や『西遊記』の講座なんかもあってなかなか面白そうである。「『紅楼夢』の講座は行きたいなあ。」「でもこれ、平日の昼ですよ。社会人はまず無理じゃないですか。」と、思い思いのことを言い合う。
さて、次は神田明神である。どうもお祭りが終わった直後のようで、馬や自動車の置物なんかが置いてあり、巫女さんや宮司さんが総出で後かたづけをしていた。ここは敷地も広く、あちこちに訳の分からないものが祭ってある。多岐さんが駐車場の隅に、お稲荷さんの小さなお社があるのを発見した。そして多岐さんが前々から注目ポイントとして推していた銭形平次の碑も発見。 (上図右。少しブレてます。) この石碑を上から見下ろすと、地面の石畳が円形になってて、そこに寛永通宝が彫られているではないか!周りの円柱のてっぺんにも一つ一つ見事な寛永通宝が彫られていた。
「もっと面白いものがあるに違いない!」そう思って奥に進んでいくと、多岐さんがまたもや妙なものを発見。小さな駐車場に「金拾萬圓也」(あるいは「拾万円也」だったかもしれない)と彫られた石碑が建っていた。その石碑は、車が駐車されると正面から見えなくなるという妙な建てられ方をしていた。石碑の下の方に小さく「板東某・昭和三十一年」と彫られており、(下の名前の部分は忘れてしまったが、「三」が入ってたことだけは覚えている。板東玉三郎の親族かもしれない。)この人が45年ほど前にこの石碑を建てたことがわかる。
この石碑の近くに90度向きを変えて小唄の会の石碑が建てられていたので、板東某が小唄の会に入賞した際に、その賞金を寄付して石碑を建てたのだろうと勝手に想像を膨らませる。「それにしてもこんな辺鄙な所に建てられているなんて、十万円の値打ちが無いなあ。」「昭和三十年代の十万円って、今だったらどの位になるのかなあ?」「百万円ぐらいでしょうかね?」「何にせよ中途半端な金額ではありますけどね。」みな口々にツッコミを入れる。
更にそこから移動して小さなお社や石碑などを眺めていると、多岐さんが「一人500円で資料館に入れるみたいなんですけど。」と提案してきた。行きましょう!と資料館に行ってみたが、あいにく少し前に閉館していた。ただ入り口の前に展示内容の写真を散りばめたパネルが置いてあったので、それを肴にしばらく盛り上がった。
さあ、次は秋葉原だ!ともうぼちぼち疲れ始めた体を揺り動かして、一行は御茶ノ水を発った。実は秋葉原には何の用事も無かった。ただ「秋葉原ってどんな所かいな?」と田舎者モードであちらこちらを見て回るつもりだったのだ。しかし無計画なのが災いし、ラオックスコンピュータ館・ソフマップ・パーツ屋と一通り見て回った時点で行き詰まる。しばし中だるみの時が訪れた。「秋葉原って、ハードを買うとかソフトを買うとか、具体的な目的が無いと動きづらい場所なんですよねえ。」という飯香幻さんの言葉にひたすら反省(>_<)
そこで少し早いけど夕食にしようと提案した。まだ夕方の5時である。夕食には早い時刻だが、もうお腹がペコペコであった。夕食は大酋長という店でジンギスカンを食べるということになっていた。「でも食べ放題だと90分しか店におれませんよ。」とあきらさん。ならばその後で飲み屋にでも行きましょうと話はまとまり、あきらさんを先頭に大酋長へ移動した。
次回、いよいよ紅迷のお姐様方が一同の前に姿を現す!!