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構造計算書偽装問題の法律関係


Question

 民間の確認検査機関に安全性を偽装した構造計算書を用いて確認通知を得て施工されたマンションの買主は、誰に対して法律上の瑕疵担保責任または損害賠償請求をすることが出来ますか。国に対しても損害賠償請求を求めることが出来るのですか。

Answer

§1、 構造計算書とは

 建築基準法第6条に定める建築確認申請手続きは、あらかじめ建築のプランを提出させて、そのプラン(設計図や構造計算書)が建築関係法令にしたがっていて適法かどうかを審理する手続きです。平成10年の同法改正で民間の指定確認検査機関もこの確認業務を行えるようになりました。構造計算とは建物構造が法令上要求される強さの荷重や外力に耐えられるかどうかを計算で検証するもので、その計算の際とるべき前提数値の基準値や構造計算の仕方については、建築基準法施行令でその具体的詳細が定められています。一定限度の小規模建物では、確認申請に際し構造計算書の添付は必要とされていませんが、マンションなどの鉄筋コンクリート造りの建物については構造計算書による安全性の立証が必要です (建築基準法第20条参照)。

§ 2、 今回の手抜きの特徴

 さて、今回姉歯事件で問題となったのは、この構造計算書の内容が偽装され、実際はその鉄筋の太さや配筋量では安全ではないのに安全であるかのようにされてそれに欺かれた確認検査機関により安全だとの確認通知を得たことです。つまり従来の手抜きは 施工の手抜き といわれ、設計図書そのものは適法で安全だとの確認通知を得たものであるのに、施工で材料や手間を手抜きするものです。手抜き欠陥といわれる大多数のものがこれです。しかし 設計の手抜き は、もし確認機関を欺いて確認通知を得れば、そのとおり施工して実際には安全でない欠陥住宅になっていても、少なくとも施工業者や販売業者がこれを知らなければ責任はもっぱらその設計をした建築士に向けられ、業者らは民事上の責任はさておき建築基準法令や刑法上の責任を問われなくて済むということです。姉歯事件の施工・販売・開発コンサルタントなどの各業者は、「この今回の構造計算書偽装には関与していず、かえって被害者である。」と抗弁しているのもこの理由からです。

§3、 民事上の賠償責任を負う者

 今回の構造設計を担当した姉歯建築士が、建築士法条第 18条の職責に反し安全でない建物設計をしたことから、設計契約上は第三者である買主に対しても民法709条の故意の不法行為責任を負うのは当然です。もし姉歯氏が設計を受注した建築士事務所(建築士法23条)の構造設計の下請けであった場合には同事務所の管理建築士(同法25条)も過失による不法行為責任を負うほか、設計事務所自体にも民法715条による使用者(賠償)責任を負わなければならないでしょう。
  マンションの販売会社は当然売主として民法 570条の瑕疵担保責任を負い、買主に対して契約の解除に応じるか又は損害賠償責任を負うこととなります。施工業者も買主とは契約上は第三者であっても、施工業者にも建築業法25条の25による施工技術確保義務があり、今回のように法定耐力の2割から5割程度の耐力しかなく、建築実務者であれば配筋量や鉄筋径を通常は疑うというものであるならば、第三者である買主にも過失による不法行為責任を負うこととなるでしょう。事情によっては施工を担当した監理技術者(建設業法26条)も同法26条の3に定める職責を問われ、買主に民法709条による賠償責任を問われる場合もあり得ます。「施工技術確保義務」には設計図書を正しく解釈する能力が含まれ、これが前提となっているからです。施工が一括下請けに出されている場合には直接施工をした一括下請け業者には買主に対して上記の施工者責任(不法行為責任)があるほか、元請会社にも下請け会社に対する民法715条の監督責任があると見られる場合もあります。以上の各責任者の債務関係は不真性連帯債務です。

§ 4、 販売者の施工者らに対する権利

 販売者は注文主でもあるので、設計者や施工者に対して民法 634条に基づく瑕疵担保責任を行使することが出来ます。開発コンサルタントに対しても、もし開発コンサルタントが指導料なり紹介料なりを取って設計会社を推薦したものであれば、債務不履行責任を問える場合もあり得ます。

§5、 今回の賠償内容

 今回の手抜きは、鉄筋コンクリート造りの躯体配筋 (鉄筋径も含む)の手抜きなので、通常は取り壊し建て替えるほか相当な補修方法はなく、その工費相当工費が賠償額となります。

§6、 国に対する補償請求

 平成 17年11月17日姉歯事件が報道されて間髪をいれず国交大臣より国が姉歯マンション買受人に対し相当補償をする旨明言され、また同マンション被害者団体や支援団体は国に対する相当補償を求めています。しかしこれはマンション売買契約や設計施工契約当事者間の民事上の賠償請求として国に対し法律上当然に請求できるものとは見られません。一種の国交大臣の政治的決断または配慮の問題で、補償請求も民事賠償の枠組みを超えた政治的要求としてされているものと見るべきです。それは以下の理由からです。
  現行法規上震度 5程度の地震で倒壊の恐れがあるとしてマンションの撤去を求めることのできる根拠規定は、建築基準法第10条だけです。それには「著しく保安上の危険があり又は著しく衛生上有害である」と認められる場合に、特定行政庁(建築主事を置く地方自治体)が建物の除去、使用禁止などの命令を出すことが出来るとされています。国や国交大臣が取り壊し命令を出せる根拠規定はありません。そして通常は民事上の責任として、マンション買受人がマンション業者らに対して §3、 に記載した権利を行使して、契約の解除または賠償責任を求めるのが民事法上の手順です。
  そしてさらに、これらで賠償が十分にされない恐れがある場合には、違法確認通知を出したとされる確認検査機関の責任を求めるという順序になります。
  あわせ同時に同機関の監督責任をも求めるというのであれば、民間確認検査機関の場合にも監督権が及ぶと解されている特定行政庁に責任を問うべきもので、それを乗り越えて直接国または国交大臣に賠償責任を問うことは現行法上は不可能です。参考までに今回の確認通知を出した民間検査機関では、「国交省が定める検査基準に従ってそのとおり点検を行った。現行の確認手数料や点検時間や人員では周到な偽装を見破ることは不可能に近く、検査機関としては相当な注意義務を尽くしたもので責任があるとは思っていない。」としています。どのようなシステムでも犯罪行為の前には無力であることを思えば、この確認検査機関の主張もあながち不当とはいえないでしょう。犯罪被疑者にも憲法上相当な防禦権があるのですから、ましてや民事上の問題では当事者の言い分や諸般の証拠を慎重に検討してのち賠償責任の判断をすべきものです。それに今回の姉歯マンション被害者だけに現行法規を超えた政治的補償をするというのであれば、他にも多くの危険な建物に住む欠陥住宅被害者がありしかも確定判決で取り壊し建て替え賠償を認められている人達も数多いので、憲法上は 14条の法の下の平等の規定の趣旨に違反する恐れがあるともみられなくはないのです。
  不可抗力によるものとして民事上の責任を問うことが出来なかった阪神大震災の被害者に対しても、国による個別救済措置がとられなかったことを思えば民事上の賠償義務者がいる本件の場合には尚更のことでしょう。

( 18・3・21 澤田 和也)