第三話


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犬がいる

鎖は食い込み

扁桃腺を押しつぶす

.

犬がいる

暗闇に向かって

吠えている

.

暗闇からは

時計の鐘

永遠に8時だけ

告げ続けてる

.

背中の後ろには

誰がいるの?

.

それは何時でも背中にいて

クスクスと

笑い続けている

.

やがて鎖は

その首に巻きつき

気が付くと

意識は朦朧として

.

誰に繋がれたのかさえ

自分が誰なのかさえ

解らない

.


「ここも もうダメだな。」

海から林立した高層ビルの群れを見下ろしながら冬月が呟いた。

「ああ―― 予想されていた事だよ、先生。」

冬月とゲンドウはヘリから旧新宿副都心を見下ろしていた。

「あそこに降ろしてくれないか。」―――――

しばらく旋回していたヘリのパイロットに冬月が指示を出した。―――― 

そこは今でも建築時の威容を残している新都庁のヘリポートであった。

ヘリは積もった埃を吹き飛ばしながらヘリポートに着陸した。ローターを回転させたまま二人と保安部の護衛数人を降ろすと、ヘリはすぐにそこを飛び立った。数百メートルほど高度を上げたヘリは、そこでまた旋回をはじめた。

そこでは上空を飛ぶヘリの音を掻き消すように、容赦無い太陽と強い風が吹いていた。

「大丈夫じゃないか?」―――――――― 

冬月はニヤけた様な顔で白いヘリポートを見まわし言った。

「いや、来る。」

ゲンドウの言葉を合図にしたかのようにロビーの3枚のドアが一斉に開き黒い影たちがヘリポートになだれ込んできた。――――― それは人間であった。潤んだ目をギラつかせうわ言のように意味不明の言葉を口にしながらゲンドウ達へ近寄ってきていた。――――――――

片足を失った男や両手首から先の無い老人。真っ赤な口紅をつけた若い女はその赤い口から涎を垂らしている。下半身は露出されていて、右手の薬指でヴァギナを弄んでいた。――――買い物篭に猫の死体を入れた老婆は、時折左肩を跳ね上がらせその度にしゃっくりのような叫び声を上げていた。腹の突き出たスキンヘッドの男はウォークマンを手に持っていて鼻と耳が無く、穴だけが開いていた。そこから黄色い液体を垂らしながら涙を流し続けている。―――― 俺はウォークマンが聴けないんだ、耳にイヤホンが掛からないんだ! あんたら俺の耳に合うウォークマンを知らないか?―――― 目の回りはその涙が固まったのか、膿のようなものがこびり付いていた。 ―――――――――

「来るな!貴様等」―――――――― 保安部要員は焦っており静止命令を叫びながらゲンドウと冬月を中に囲い込むようにして銃を構えていた。

「焦るな! この人々はみんな病人だ、悪意は無い。」ゲンドウが叫んだ――― それでも護衛の者達は銃を下ろさずに二人を護っていた。

「まあいい、こっちだ ついて来い。」――――― 

ゲンドウは保安部のガードを掻き分け、一人で先頭に立って異形の人々が見守るなかをロビーへと向かって行った。

終わらない夏の太陽が壊れた人間の群れを白く焼き尽くしていた。


.

 内部は暗かった。近代建築の粋を尽くしたその構造も今となっては暗闇が潜むには最適な構造であり、あたりは無数の影が重なって闇を競い合っていた。

 そこはヒトが造ったものであるのは間違え無い事実であった。しかし、いまやその内部空間全てを支配しているのは、微かな生存本能と辛うじてヒトのカタチをした小動物の如きモノたちであった。

 ゲンドウは無数の異形たちの隙間をまるで無表情なまま真直ぐに歩いていった。

「こんなところに有るのか?」――――

冬月の声は少しばかり上ずっているように聞こえた。

「ああ、マチガイナイ。」

ゲンドウは殆ど振り向くことなく答えてフロアの突き当たりにあるドアの前で立ち止まった。

「なんだぁ…おまえ」ドアの前に寝転がっている、頬に巨大なネジ状のピアスを付けたピンク色の髪の男がゲンドウを見てゆっくり立ちあがった。

「どけ」

ゲンドウはその身長から見下ろすように言った。

「なんだこの野郎!」彼は立ちあがるとゲンドウの前に立塞がった。

――――― カチャン  ――――

ゲンドウの襟首を掴んだ途端に、保安部の兵達の撃鉄が上がっていた。

「けっ!」

男は呻き声だけ残して逃げるようにそこを去っていった。

 ドアの横に有るセキュリティーボックスにカードを挿すと、一瞬だけ赤いランプが点灯し、すぐにそれは青に変わった。―――― この状況下でもシステムは生きていた。――――――

「パーソナルデータを照合します。ボックスのカメラに視線を合わせてください。」――――― 

網膜パターンを利用したセキュリティだろうか……女性の声をサンプリングした管理システムの声が何処からともなく聞こえてきた。

「アクセスはクラスAです。全ての設備をご利用になれます。開扉は10秒間です。」―――――――

プシュッ、エアーの音がしてステンレスのドアがスライドした。

「おまえ達はここで見張っていろ。」

ゲンドウはそう告げると冬月と二人だけでその中へと入っていった。

施設内は照明が生きていた。

淡いエメラルドグリーンの関節照明に照らし出された空間は水族館を思い起こさせた。壁には3メートルほどの間隔を空けて、端末を設置したブースがあり、スペースオペラ華やかなりし頃のハリウッド映画の宇宙船のようにSF的な空間は、時の流れをものともせずにそこに存在していた。

ゲンドウは数々の端末には見向きもせずにどんどん奥へと向かって行った。やがて行き止まりになって、宇宙船は終わりを告げた。―――――冬月は扉に書かれた表示を見て声を上げた。

「こ、これは!?」

「考古生物工学研究室――――旧東京大学の非公開分室だ。ユイの父、碇幸治氏が室長を勤めていた。」

「なぜ、東京都の施設内に!?」ゲンドウはそれに答えずニヤリとしただけで、IDカードをロックに挿していた。

―――― 内部は他と違い荒れていた。辺りには書類が散らかり、デスクの引出しは全て開いていて、床に四散しているものもあった。

ゲンドウは室長席らしきデスクの2番目の引出しを一度挿しこみ、改めて半分だけを開け、上から少し押さえつけた。機械音がうなり始めゲンドウのいるデスクが上へと動くとその隙間から階段が現れた。―――――腰を屈めて大人一人がやっと通れる広さだ――――――

そこもやはりエメラルドグリーンの照明に浮き上がっていた。

ゲンドウは真中にどっしりと据付けられたブース型の端末の前に来ると、キーボードからファイルネームを入力した。

―――――― DEVILS_JUDGEMENT――――――

ブースの前面にある巨大な窓は一瞬にしてモニターに変わっていた。

そして、碇幸治博士のアナウンスによる、プレゼンムービーが再生された。


 第二東京大学は旧松本市郊外、美ヶ原へ向かう山間という静かな佇まいの中にあった。木々の深緑が香り、高原の澄んだ空気が包み込むその立地は大学というよりも、林間学校というのに相応しかった。

 ミサトは旧市街、中町通りの民芸店の裏手に下宿を借りていた。

「おはようございます!」――――

「おはよう… 葛城さんってホントに元気が良いわねえ」―――― 店の前を掃除していた民芸喫茶のママさんが呆れた声で言っていた。

「エヘヘ……もう、それだけが取り柄ですから」――――― ニッコリと笑ってミサトは言って、買ったばかりのバイク、青いタンクの目立つホンダのセルを回していた。

「おはよ… 今朝も早いね〜」―――― う…またアイツだ… 昨日も民芸喫茶でコーヒーを飲んでいる時に声を掛けて来た なんでこんなのがすぐ近所に住んでるの?…… ――――――

「どうしたんだい? 朝っぱらから景気の悪い顔して…」

「朝っぱらからアンタと遭ったから〜」―――― 苦虫を噛み潰したような顔で彼女は答えた。―――― ホンダのエンジンはまだ掛からない。

「まあ、そう毒づくなよ!コレも何かの縁かもしれないじゃないか」―――― 彼はミサトの肩を叩きながら言った。

「気安く触らないでくれる〜? それにアンタそのうっとーしー髪の毛、見てるだけでイライラするわ、何とかしたら〜」―――― ミサトのホンダはまだ沈黙したままだった。

「どーなってんのよ!このバイク。」ホンダを蹴飛ばすような素振りをして彼女は怒鳴っていた。

「どれどれ…見てやろう」「!」――――― そう言うが早いか、男はバイクの横に屈み込んでいた。

エンジン周りをしばらく見ていて彼は言った。

「プラグが被っているみたいだなあ… ちょっと待ってて!」―――― そう言い残すと自分のアパートへ走って行った。

自宅から工具箱を持ってきた男はエンジンからケーブルを外し、プラグレンチを左回りにセットしてプラグを外した。工具箱から金属の毛虫のようなステンレスブラシを取り出すとミサトのホンダのプラグを磨いていた。

「よし!これで大丈夫だ。―――― 掛かりの悪いときはあんまりセルを回すとダメだよ。葛城さん!」そう言ってキックを蹴った。すると一発でエンジンは掛かった。――――

「なんで、アンタ私の名前知ってるのよ〜!?」

「ママさんにそう呼ばれてただろ? ま、そんなことより、ささ、どうぞお姫様。」――――そう言って冗談交じりに案内するような仕草でミサトにバイクを返した。

「アンタ、手…」―――― ミサトの視線の先には、カーボンで真っ黒になった彼の手があった。

「や、洗えば済むから、気にしないで、それより急がないと講義に遅れるんじゃない?」

「あっ! 本当だ… マジでやばいわ!…ごめんね。借りは必ず返すから、それじゃ!!」―――― そう言うと、400のエンジンを唸らせてミサトは出ていった。

―――――「ふぅ〜」……葛城博士の一人娘か……でも案外かわいい娘だな――――――――

大学までの道は高原の緑に包まれていた。第二新東京市とは言っても、此方の旧市街方面から東側の風景は昔の松本市のままだった。さすがに気候の変化で植物層は温帯性の広葉樹が増え、高山植物は明らかに衰退していたが…

ミサトは木漏れ日を浴びながら風の心地よさにマシンをまかせて、大学までの道を走らせていた ………

………アイツも案外良いトコあるかもね……そういえば…名前まだ聞いてないわ………

5年間をゲヒルンで孤独に過ごしたミサトには先程、バイクを受け取った時の加持の笑顔がとても眩しいものに感じられた。

つづく


あとがき

第二話から第三話まで、時間軸的におかしかった展開を並べ替えて、少々内容も改定しました。そうです、ユイの妊娠のハナシがおかしかったのですね〜

第四話を書いていて、どうしてもこれは直さないと先に進めない(^_^;)!

と、なって、仕方なく直しました。ウ〜、実にハズかしい……


一言でもいいです、感想を(^_^;)

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