平妖伝
4 媚児、商人の家に転生す
張鸞は、媚児が胡員外(胡洪)という商人の娘として生まれ変わり、やがて貝州の地で皇后の身分となる事を知った。そこでまずは媚児の魂を、彼女の姿を描いた絵巻に閉じこめた。そして胡員外のもとに赴いて、世にも稀なる仙画としてこの絵巻を売りつけたのである。
胡員外は張鸞から、絵巻の前で香を焚いて儀式を行えば、巻物に描かれている仙女が舞い降りてくると吹き込まれていた。そこで彼は夜な夜な絵巻の前で儀式に励んでいたが、ある日彼の女房の張氏にそれを見られてしまった。張氏は大変立腹してこの絵巻を燃やしてしまったが、この時に媚児の魂は絵巻から抜け出し、張氏の体内に入り込んだのである。ほどなくして張氏は妊娠し、女児を出産した。胡員外は娘を永児と名付け、大切に育てたのであった。
さて張鸞は、聖姑姑が博兵県に居ることを聞き、彼女に会うために出向いて行った。博兵県では日照りが続いており、張鸞は県知事の命で雨乞いの儀式を行うことになった。見事彼が雨を降らせたところへ黜児が通り掛かり、張鸞に難癖を付けて法術合戦を挑んだ。しかし蛋子和尚がそれを仲裁し、二人は仲直りをしたのである。黜児と蛋子は、張鸞を聖姑姑のもとに案内した。彼女は張鸞から、媚児が胡員外の家に転生したことを聞くと、娘に会うために都へと出掛けていった。張鸞たち三人もそれぞれ散り散りになって何処へかと去っていった。
ところで胡員外の一家はあれからどうなったのであろうか?何と、聖姑姑が術を使って胡家の店に大火事を起こし、屋敷・財産を全て失ってしまったのである。一家は突然の不幸に見舞われ、貧乏暮らしを始めることとなった。胡員外は生活を支えるため、金策に奔走する。
そんなある日、胡永児は町中で乞食婆に扮した聖姑姑に出会う。永児はその老婆から如意宝冊の写しを授けられ、少しずつ妖術を学んだ。永児は両親のためにその術を使って銅銭や米をドンドンと生み出していった。胡員外も最初は永児が妖しげな術を使うのを知って激怒し、娘を折檻したものであるが、やはり貧乏暮らしには耐えられない。結局は「術を使って両親を助けておくれ」と娘に頼み込む始末。永児は今まで通り妖術によって銅銭などをこしらえ、更には聖姑姑から「おまえは私の前世の娘である」と打ち明けられ、二人で夜な夜な術の修得に励んだのである。
さて胡員外は娘の力で以前の生活ぶりを取り戻したが、そうなると今度は妖術を操る永児が空恐ろしくなってきた。そこで同じ商人の焦員外(しょういんがい)の息子と縁談を取りまとめ、娘を嫁に出してしまうことにした。この焦の息子は、一人で着替えや食事も出来ない阿呆であり、人から哥(かんか=「うすのろあんちゃん」の意)と呼ばれていた。胡員外は、物の見分けのつかぬ
哥なら、永児の妖術を目にしても何とも思うまいと考えたのである。実はこの
哥、以前胡媚児と契りを交わそうとして果たせずに亡くなった賈道士の生まれ変わりである。ただ彼の淫欲が余りにひどすぎたので、阿呆に生まれ変わってしまった。
永児は聖姑姑から、夫と自分が前世からの因縁で結ばれていることを知った。彼女は哥を不憫に思い、周囲の心配をよそに夫の世話をあれこれと焼いて仲むつまじく暮らしたが、決して夫と同衾しようとはしなかった。
そしてある夏の夜のこと。永児は夫が暑苦しそうにしているのを見て気の毒になり、術を使って庭の腰掛けを白い虎に変化させ、それに夫と自分とを乗せて空を駆けめぐった。そして城門の屋根に座ってしばらく涼むことにしたのである。ところがこれを見張りの兵隊に見つかってしまった。「うむ、あんな高い所に登るとは、さては化け物か?」と兵隊は弓を構えて矢を放つと、それが哥に命中した。彼はその拍子に城門の上から転げ落ちてしまい、すぐさま兵に取り押さえられた。
永児はうまくその場から逃げおおせたのであるが、夫との夜涼みがこうして大きな騒ぎになったからには焦家にも実家の胡家にも帰れない。取り敢えず彼女は聖姑姑のもとに身を寄せることにした。
この後、都に更なる騒ぎが持ち上がり、胡永児は本当の夫と出会うことになるが、それについては次回のお楽しみ。