3/25 |
お遍路に行けそうな日を探していた。単純に十分な時間が合って、資金に余裕が合って、季節や天候がいいときなんてなかなか来るものではないので、突然というか、エイヤーっと明日から出かけることにした。
早速JRに行って、高速バスの予約。「明日高知まで一枚」「満席です」「じゃ明後日」「満席です」「じゃその次の日」「満席です」これではいつ出発できるか分からない。そんなに多くの人が、名古屋から高知にどんな用事があるというのでしょう。しかたないので、行きは新幹線、急行と乗り継いで高知に入ろう。帰りは高速バス。
そういえばいつも深夜の高速バスで行き来しているから、瀬戸内の景色を見たことがない。たまには新幹線もいいか・・・・ちょっと高いけど。ということで明日から出発!さあ荷物を用意しないと。
相変わらず行き当たりばったりの人生! |
3/26 |
名古屋から新幹線で岡山。そして南風11号で高知を目指す。始めての瀬戸大橋。人間て良くも悪くもすごいものを作るだ。高知の窪川でくろしお鉄道に乗り換え、土佐上川口で降りる。今回はここから歩き始めます。
今日は入野駅まで歩き、駅で泊まり。そうです今回は野宿も予定に入れたのです。リュックにはダウンのシュラフが入っています。
野宿をすると、歩く距離が宿によって決められることから開放、旅費が格段に安くなる(重要)、風呂に入れない、体調管理がしずらい。
功罪いろいろあるでしょうが一度してみたかったのです。
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大岐海岸 
砂浜の遍路道 、2.5キロ 
砂浜が終わるとそこにはロープが |
入野駅の細いベンチで寝たのですが細すぎて良く寝られなかった。マットを持ってくればと後悔。朝6時に駅を出発。渡し船か橋で四万十川を渡るのですが、時間の関係で橋を選ぶ。(渡しに乗りたかった)始めての四万十、大きな川である。なぜか足が軽いので今日の宿を40キロ先の民宿Aに予約。30キロまでは快調だったがその後マメはでき、足はすっかり重くなった。だめおしに大岐の海岸が遍路道になっていて、2.5キロの砂浜を歩いたのです。砂浜が終わったところにはロープがあるではありませんか、ロープにしがみついて岩の坂を上がれというのです。なかなかうれしいことをしてくれます。へろへろになりながら民宿Aに到着。
この民宿のおじさんがすごくユニークなので紹介。
このおじさん若い頃から宗教が好きでいろいろな新興宗教にはまったそうです。ある宗教には全財産を差し出したそうです。親戚からはとうぜん鼻つまみ。しかしどの宗教も10年くらい真剣にやるとこれは本物ではないとやめてしまうそうです。そしてここ10年はキリスト教(エホバの・・・)。お遍路宿の利益でキリスト教の布教をしているのです〔布教所まで作ってあった)。
お遍路さんを前に、いままでいろいろな宗教をやったが全てを含んでいるのがキリスト教だと熱く語るのです。
お客であるお遍路さんはみんな唖然。でもこのおじさん決して悪い人では無いのです。ついつい何でも熱くなり冷静な判断ができなくなるだけです。(近くにいたらたぶん迷惑)なかなか愛すべきとんでもないおじさんであった。
それにしてもここで食べたカツオの刺身は抜群にうまい。
いままで食べたなかで一番!
今日は40キロ(いままでで最長)
通し(一度に八十八ヶ所を回る)の人たちは当たり前のように40キロを歩く、そして皆さん60才以上。クヤシー!そのなかでも、今回同宿だった遍路さんはスーパーマンではという67才。多い日は60キロ歩いたという。40キロ50キロは当たり前、普段2500キロを一年の間に歩くそうです。月に200キロ以上。一日100キロウォークなどもするとか。すごい人がいるものです。
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3/29 |
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青く光るヤマミミズ
やっと愛媛にはいる

管理人の少年
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健康ランドを6時30分に出発。玄関を出るときから早、土砂降り、天気予報も一日雨。ゴアテックスだろうがなんだろうが歩き続ける遍路には役立たず。汗と雨で体中ビショビショ。しかし足もとだけは死守。皮がふやけて大きくめくれてしまうと歩けなくなってしまう。
全身ビショビショでもお遍路さんはみんな平気な顔で歩いていきます。
みんななんなんだ?
雨が降ったことでいいこと(?)もあった。道路に青く光るミミズがいっぱい出てきています。長さ30センチ。青紫にピカピカ光りながら不気味に進む。いままでこんなミミズは見たことがない。家にメールして名前を調べてもらう。ヤマミミズというらしい。気持ち悪いが魅力的。
そしてとうとう高知にさよならして愛媛に入った。
長く遠い高知だった。距離にして408キロ(へんろみち保存協会によると)
今日は城辺のビジネスホテルに決める。電話をすると子供の声。留守番をしているのかなと思ったが、着いてみるとその子がお金のやりとりから風呂の用意までする。その子はどこからどうみてもラテン系の顔。ホテルといってもトイレ、風呂共同だった。管理人は10才くらいのラテン系の少年。
これではアジアの安宿だ!(嫌いではない)
洗濯機を借りてビショビショになった衣類の洗濯。
問題は近くの喫茶店だ。食事できる場所だと通行人に聞いて行ったのだがそこはど演歌のカラオケ喫茶だった。大音量でど演歌が流れている。そこしか食べられる場所がないので我慢して焼きそばを食べる。お客達は歌手の技量を真剣に討論している。すごい世界があるものだ(お遍路も他から見れば同じだが)それにしても演歌喫茶の内装趣味はスゴイ、私の中にまったくない感覚にびっくり!
今日は29キロ
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3/31 |

観自在寺の門前
同じ衣装の遍路軍団(見づらいが空色がきいている)

内海の眺め、高知と較べると穏やかだ
柏峠からの眺め
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今日はゆっくり、7時30分の出発。そして早速40番の観自在寺。遅い出発のためか歩き遍路はもういない。そこへ衣装を統一した遍路軍団が現れた。お経も一糸乱れずに唱え、なかなかの迫力。団体の迫力に負けた。観自在寺を後に柏峠の遍路道を目指す。
途中左に内海を眺める。高知の海と較べると穏やか、町もなぜか優しい感じがする。
そして柏峠の登山口に到着。久しぶりの登山のような遍路道。汗がしたたり落ち、苦しいのですが、決してイヤではない。頂上にくると辛さを忘れてしまう。足は痛いのですが、アスファルトを歩いているよりよほどいい。アスファルトは車の道だと言うことを納得。
足が痛く歩いていると、ぐだぐだとマイナス思考をしてしまいます。いまさら遍路はやめられない、こんな遍路をなぜ始めてしまったのだろう?・・などなど後悔ばかりが思い浮かびます。。
マイナス思考を続けていても足は少しずつでも動いています、今日泊まる津島町の新橋旅館に到着。だいぶ古い旅館で床が波打っています。地震が来ないことを祈ります。
いちど結願されたベテラン遍路が今回はマメに苦しんでいますと足を見せた。ヒエースゴイ、私のマメなんてカワイイもの。足裏の皮がおおきくはがれています。さごかし痛いことでしょう。前のときは一度もマメなんてできなかったから、過信していましたと反省しきり。体調のちがい、靴のちがい、気温のちがい、何かのちがいで様子ががらりとかわってしまいます。過信はいけない、心してかかります。
マメって漢字に変換すると肉刺(マメ)って書きます。字の通り肉を刺すような痛さです。
今日は足も痛いし、山登りもあって26キロ |
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4/1 |

宇和島のぼり屋
右足の小指、親指の付け根、かかとと3ヶ所にマメができてしまい歩くとかなり痛い。いままでは2日もすると固まっていたのだが今回は固まった横に新たなマメが次々と。 |
41番龍光寺を目指し、宇和島のまちを歩きます。町は歩いても楽しくない。でも二ついいことがあった。一つはスリーピングマットをホームセンターで購入できた。もう一つはのぼり屋さんを発見して、見学させてもらった。
工場も見学して面白かった。
生活には便利な街、けれど私に力はくれない。
アスファルトの道を歩いているとますます足が痛くなる。ちょくちょく靴を脱いで足の熱を逃がす。テーピングのし直し。そんなことをしていると歩くスピードがガクッと落ちます。元気なら41番42番と当然行く予定でしたが、早めに休憩をとって足を休ませます。
ちょうどいいところに道の駅ができていた。
まだ店は開店しているのでその辺にごろりなんてことはできません。
店が閉まるまでコーヒー一杯うどん一杯でねばります。
店が閉まるとねぐら探しです。ひょっとして暴走族がよるようなところだと面倒なので外からはあまり見えない場所を確保。スリーピングマットが役にたち、すごく暖かい。
しかし夜になって風、雨ともにすごいことになってきた。、明日は歩けるのだろうか?ぐだぐだと明日のことを考えながら、横殴りの雨から濡れない場所に移動。暴走族の心配もなく、土砂降りの中、熟睡。
今日は23キロ
普段登山靴を利用しているが、アスファルトの道ではスポーツサンダルなどを利用したほうがいいかも。ただそのとき登山靴をリュックに縛り付けるのかと思うと、重いからイヤ。軽くって、風通しがよくって、防水性があって、足が安全、そんないいもの無いよな!
ここ3回使っていた靴は、マメができてもすぐに固まり、どこも痛くなく、靴の選定は合っていると思っていたのに・・・・ショック! |
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4/2 |

41番龍光寺 
42番仏木寺 
歯長峠から 
43番明石寺 |
朝、目を覚ますと雨は小降りになっていた。この分では今日も歩けそうだ。夜8時には寝てしまうから遅くとも朝4時には目が覚める。携帯で今日の天気予報を調べる、雨のち晴れ、大丈夫そうだ。それにしても明るくなるまでやることが無い。5時30分になると山の端がすこし明るくなる。6時に夜明け。道の駅で買ったゴボウの巻きずしを食べ、出発。
41番龍光寺までは30分。まだ早いのでお遍路さんはいない
。地元の老人が寺の掃除をしている。なんとも美しい眺め。42番仏木寺までは3キロ。久しぶりに近い寺。
43番明石寺に行くのに歯長峠を越えなくてはいけない。「苦をとるか楽をとるか、胸先三寸の分かれ道」と道路標識にある。当然遍路なら苦の地道を選ぶ。しかし登ってみたら大したこと無い。あっという間に歯長峠を越え卯之町の43番明石寺。
予定した寺はすべてお参りできた。
できたら内子座のある内子まで歩きたいと思っていたが足の都合もあって今回は卯之町で終了。
宇和島バスで松山に向かう。バスを利用すると列車の半分近く安い。
だからますます列車の利用が少なくなる、悪循環。
松山駅前で今日の宿探し。さすがに野宿ははずした。駅前のビジネスホテルをぶらぶら見ていると値段2800円と出ている。即決。
中に入ると部屋は3畳、トイレ、バス共同。安いのも納得。でも松山駅前です。後からじっくり見たら隣のホテルは2500円とでていた。早まった、後悔。
始めての松山、大きな町。日本中に大きな町がいっぱいあるけど、どうやって維持しているのだろう。不思議で仕方ない。またどこを歩いても家がある。どうやって暮らしているのだろうとこれまた不思議でしかたない。
今日は14キロ歩いて今回の遍路は終了。
今回は192キロの遍路でした。 |
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4/3 |

道後温泉

二階大広間

松山城 |
朝から松山観光。
もうおきまりの道後温泉。回りの景色はまったく見るべきものはないのに、昔の人がスゴイものを作ってくれたおかげで観光客がいっぱい。建物はほんとスゴイ。温泉にはいり、浴衣に着替えて、千と千尋の神隠し気分になる。
次に松山城。桜が満開の春爛漫。そこでは大野球拳大会が催されていた。桜のした大音量のスピーカーから「やーきゅーうーすーるならーこーゆーぐあいに」とがなり立てていた。テレビ局から松山市長まで来ていた。なぜ日本人の花見というとこうなるの?静かに桜を楽しむことはできないの?最低のイベントに松山城をあとにする。
夜8時発のバスまでにはまだまだ時間があり、ロード・オブ・ザ・リング王の帰還を見た。これでもかこれでもかという映像にビックリし、あっという間に3時間30分の映画は終わった。改めて映像の力のすごさに感激。それから床屋にもいった。
昨日今日と、足を酷使しなかったから、マメは固まり痛さはなくなった。
まったく早いものだ。次回の遍路対策にスポーツサンダル持参もマジで検討しよう。まあその前に、スポーツサンダルの耐久実験も必要。
遍路が終わり、足の痛みが無くなると、今度はいつ来ようと考えてしまう。
まったくなんというものを始めてしまったのだろう。
苦しくもあり、楽しくもあり。
しかし、こんなことを始めなかったら、今年も友人と南の島でダイビングやフィッシングをしていたかもしれない。はやいとこお遍路を結願させて普通の遊びに戻ろう。
でもこんどはいつ来ようかな。
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