紀行文『中国行きのフェリーボート』3/17更新 映画評論フリーペーパ『劇場分子』 on WEB(試供品)8/7更新 連載世界の名物映画館 |
世界の映画事情3−香港−
香港映画は一昔前まではB級映画の代名詞のような扱いを受けていたが、今では王家衛の「恋する惑星」の大ヒットや同映画に出演していた金城武のブレイクに到っては時代の変化を感じざるを得ない。しかし、ここではB級から脱皮したある種の新しい香港スタイルの映画はすでに多くの人が語るところなので、あえて「3級片(18禁)」などを始めとするB級どころかC級に光を当てたい。 香港での私の映画鑑賞スタイルは、まず飛行機で今はなきカイタック空港に降り立ち、ダブルデッカーで重慶大廈に向かう。重い荷物で夏の冷房なしのバスならばかなり堪えるが、なにぶん貧乏性が災いしてこんな感じになる。今では「恋する惑星」のロケで使われた重慶大廈の部屋は一種の観光スポットになったかもしれないが、私にとってはその何年前から重慶大廈には世話になっているので、同映画でのインド人を見るにつけ大廈内のカレー屋を思い出したりして非常に心地よかった記憶がよみがえる。しかし、重慶大廈に泊まって見る映画は残念ながら「恋する惑星」ではなく、「3級片」なのだ。 初日香港で重慶大廈に泊まった翌朝はまず飲茶からスタート。日本では飲茶は中華料理ディナーとして食べていることが多いが香港を始めとする広州、広東地方では必ず朝食のメニューとして一部の外国人向けのレストラン以外は昼、特に夜は食べることが出来ない。香港人は朝行き付けの飲茶屋で買ってきた新聞を読みながら点心をだいたい2つか3つぐらいをとり、注ぎ放題のお湯を何度も足して出がらしが薄くなるまで飲みまくるのである。つまり、時間をかけてゆっくり食べ大量の茶を飲むのでカロリーの高い点心でも太ることはないのである。香港映画で飲茶のシーンは朝食が多いのではないだろうか。機会があれば過去見た映画を振り返ってみたいものである。 ところで、安い飲茶は当然重慶大廈の付近チムシャツイにはないので、まず北へユマティというところまでのんびり歩いていく。次にネイザンロードを西へ「金山楼」という飲茶屋が行き付けだ。お世辞でもこの地区は品がいいとは言えない。香港のヤクザ映画で縄張り拠点の代名詞上海街にも近い。しかし、そのような下町での飲茶こそが私がこよなく愛する香港であり、そこからすぐのユマティ劇場が私の好きな映画館なのである。 それでは、一般的な香港の映画事情も軽く触れておく。香港でもシネマコンプレックス化が進んでいて、歴史のある悪く言えば設備の古い単館の映画館は恐らく経営が苦しいのではないかと推測される。そこで経営改善の一環であるのか、ほとんどのシネマコンプレックス以外の映画館ではモーニングショーを半額でやっており、往年の名作や3級片が公開されているのである。 ところで、なぜ「3級片」にこだわるのかというと単にスケベであるからだけでなく、国地域別に性表現の自由度に興味があるからである。まず、前回の台湾であるが、基本的に胸に関しては規制なし。男性器、女性器(ヘアー)不可である。ところが香港はヘアーに関しては規制がないのである。しかし、男性器や女性器のアップは不可であるから、当然絡みのシーンはカット割で見ることは出来ないし、たとえて言うなら、日活ロマンポルノにヘアーのみOKというのが香港の基準だ。それゆえ、日本から合法的に輸入されるビデオにはモザイクぼかしはなく、AV女優のヘアーを見ることは可能だ。しかし、男性器女性器のアップは不可であるから、該当部分は編集される。また、これに関してはまた次回以降も引き続き紹介したい。 それでは本題のユマティ劇場を紹介しよう。出会いは香港で当時のロードショー作品の興味があるものがなく、暇つぶしに3級片でも見るかとたまたま入ったのが始まりである。まず、作品を何も確認もせずに入るといわゆる「洋モノ」が始まった。香港ではハリウッドのメジャーであると編集、修正、字幕など細やかな手入れが行われるが、そんなことに手間暇かけることができない「洋モノ」は先の基準で該当部分が切られるだけである。非常に残念な結果に終わった。しかし、後日懲りずにまた行く。今度は日本の作品。当然言葉は日本語。日本の基準をクリアしていると香港で編集されない。外国で映画を見て、日本語や日本語字幕はありえないので大変ありがたい記憶がある。 それでは続いて香港の「3級片」の女優事情について紹介する。一昔前までの「3級片」の女優はロードショーに出られない鳴かず飛ばずの女優が、ロードショーに見切りをつけて「3級片」に身を落とすというイメージがあり、一度「3級片」に出た女優はロードショーの一般公開作品には出ることが出来なかった。しかし、近年状況は異なる。例えばデビュー当時少しは人気が出ても、競争の激しい香港の映画業界で女優として生き残るのは、並大抵のことではない。それゆえ、「3級片」で再起を図り再び人気を得て、ロードショー一般公開に返り咲くケースがでだしたのである。 具体的には呉家麗がまず挙げられるであろう。彼女は日本では周潤發主演の「大丈夫日記」で周潤發の友達チーホンの恋人役ガーレイといったら気がついていただけるであろうか。彼女はその後出演作に恵まれず、人気をどんどん落としていく。とうとう3級片にも手を染める。しかし、世の中何が幸いするか分からない。そこからまた人気をあれよあれよと持ちなおし、金馬賞の主演女優賞まで手に入れてしまった。 つぎに葉玉卿を紹介しよう。彼女のデビュー当時はぱっとせず、入れ替わり競争の激しい香港の映画業界で沈みつつある女優であった。しかし、彼女も再起をかけて3級片に出演し、持ち前の他を圧倒するそのスタイルで飛ぶ鳥を落とす勢いで一気に人気を博してしまう。その後は出演作にも恵まれ、「天台的月光」においては梁家輝と競演するまでに到った。その後この作品以降は金馬賞の主演女優賞候補の常連になったのだが、私が台湾、上海に滞在していた1992年から1995年には、ノミネート即一発受賞の呉家麗とは対照的に賞には恵まれていなかった。その後は日本に情報を集めていないので彼女に関してはどうなっているか近況は全くわからない。 しかし、3級片に出たからといって必ずしも再起が図れるとは限らない。香港の映画業界はそんなに甘くはない。むしろ、彼女達は幸運な少ない例外の人たちで実際はミス香港受賞組でさえ3級片出演第一作こそ注目こそされその後引退といったケースがかなり多いのである。 最後に日本のいわゆる18禁と3級片の違いを性表現のみに着目したが3級片の基準はそれにとどまらないことを日本、香港との基準を比較することによってまとめとしたい。日本の映画は性表現に関しては規制が露骨に働く反面、暴力ドラッグなどには非常に寛大である。香港の3級片の基準は実は性表現のみにとどまらず暴力、ドラッグに関する表現も規制の対象になっている。つまり暴力シーンの多いアクション映画は基本的に18禁なのである。これは台湾も同様である。もちろん暴力シーンの多い映画が原因で子供たちが非行に走るといった短絡的な責任転嫁には私は異を唱える。しかし、「人肉叉焼包」などのスプラッタ映画が3級に属するのは、お上からの表現の自由の侵害を伴った規制ではなく、業界と観客市民が公開の場で話し合った合意の上での自主規制が出来るのであれば、むしろそれは望ましい自主規制なのではないだろうか。 |