紀行文『中国行きのフェリーボート』3/17更新 映画評論フリーペーパ『劇場分子』 on WEB(試供品)8/7更新 連載世界の名物映画館 |
世界の名物映画館5 タイ
まず、タイの映画状況を伝える前にバンコクに着いてからの行動スタイルから紹介しよう。タイはGNPなどの指標を日本と比較すれば紛れも無く発展途上国である。しかし、空路バンコクに降り立った瞬間は整備された空港に驚かされるのではないだろうか。空港で入国手続きを済ませ空調の効いた特殊な空間から離脱した瞬間、バンコク独特のじめっとした暑さに体を包まれ多少疲れてこれからの市内に行く道のりを考えると多少億劫になる。初めてバンコクに降り立ったのは今から10年以上昔になる。当時空港は整備されても空港前の道は国道だけで高速道路もなく、空港前に鉄道駅があるのだがひなびたものであった。当時はそのような貧弱な道路事情でもマイカーを持つことは夢であった時代であったから、バスに乗ればスムーズに市内に入ることが出来た。しかし、90年代前半からバブル崩壊までの過剰な投資が災いして、過剰なマイカーブームの到来により高速道路が整備されたにも関わらず、交通渋滞は悪化の一方で運が悪ければ日本からバンコクに飛行機で来る時間よりも空港から市内に来る時間のほうがかかるといったしだいである。 そのような渋滞をくぐり抜け一番安いローカルバスで市内に入る。バンコクの安宿で有名なのはカオサン地区であるが、バスの本数からするとホアルンプーン駅前の方が多いみたいなので、私は先に来たほうに乗り、その時々の先に着いたほうのバスで安宿を決める。今回はホアルンプーン駅前方で話しを続ける。駅に着いたらさすがに中央駅だけあってその規模に驚かされる。しかし、駅から北西に少し歩いた安宿地区はがらっと変わって朝昼夜を問わずに売春婦の目配せを振り切ってというような上品とはいえない場所だ。そこで台北旅社という一泊200バーツ前後(約800円)の安宿に部屋を取る。 翌日決まってすることといえば、台湾時代に一緒に中国語を勉強したタイ華僑の友達に会いに行くことだ。彼はバンコクの郊外のバンケ地区で洋裁店を営んでいる。そこまでバスで行きまずはあいさつ。彼からまず言われることは「今回はどこに泊ってるんだ。」と聞かれ私がいつもどおり答えると苦笑される。これもいつものパターンだ。以上の会話を私たちは中国語で行う。タイまで来て中国語とは逃れることが出来ないのかななどと考えてしまう。挨拶が終わると彼は仕事が忙しいので暇な私などに構うことはあまり出来ない。そこで私は映画を見に行く。 バンコクの映画館事情は市内の中心に歴史のある単館の映画館がひしめく一方。市内もそうなのだが郊外は特に大規模ショッピングモールとファクトリーアウトレットとシネマコンプレックスの複合施設が非常に増えた。私の友達が住むバンケ地区にもヤオハンが進出して大規模なショッピングモールとシネマコンプレックスを展開した。しかし、ヤオハンがまもなく倒産し、合弁の企業のテナントは残るもヤオハンの部分はまだ借り手が決まらず、巨大なモールの半分が殻なので一種異様だ。しかし、そんなことを言っても仕方がないので、そこのシネマコンプレックスで映画を見る。施設は最新式ですこぶる良い。しかし、料金は100バーツ前後(約400円)地元の人にとっては、高価な娯楽だが私にとっては非常に安い。ありがたい限りだ。今までタイのシネマコンプレックスで見た映画は数多く『マトリックス』、『アメリカンヒストリーX』などは日本よりも公開が早かったのですごく徳をしたような気分であった。 また、タイの映画の不思議な点を少し挙げるとそれは字幕と吹き替えの基準だ。一般的なハリウッドの映画はタイ語の字幕が付き、言葉は英語だ。日本では字幕と吹き替えの基準は子供向けの映画が字幕と吹き替えが選べることが多いが、タイも原則はそうなのだけれど、香港映画を見たときにちょっと勝手が違った。タイではほとんどの香港映画が吹き替えなのである。私は香港映画の広東語は聞き取ることが出来ないが、台湾や大陸向けの北京語バージョンは聞き取ることが出来る。そこで上手くいけば広東語バージョンでも字幕が中国語なのではと期待して見に行くと、字幕無しのタイ語吹き替えであったことに困ってしまった経験がある。タイでは香港や台湾のテレビ番組を結構輸入していて地上波で頻繁に見ることが可能だ。もちろんタイ語吹き替えで。その際台湾ではドラマに必ず中国語の字幕がつくので一応その字幕でドラマの内容を理解することが可能だ。それゆえ、映画も香港ものは吹き替えという習慣がタイではついているのだろうか?非常に興味のあるところだ。テレビでは字幕はそのままであったが映画では無かった。困ったものである(私にとってだけでだが)。 それでは次に、タイ人の映画鑑賞スタイルを紹介することにしよう。タイには「マイペンライ(問題ない、大丈夫の意味)」で何事も済ますおおらかな文化が根底にあり、例えば人と待ち合わせをしても、極端な例では結婚式でも指定の時間に誰も来ない。大体指定の時間の1時間後ぐらいからぞろぞろ集まってきて指定時間の2時間後ぐらいが一番盛り上がるといった感じだ。そのようなおおらかな時間感覚を持っているがゆえに、映画を見るときはちょっと焦る。それは映画は時間が指定されているからである。以前上記のタイ人の友達と『ジュラッシックパーク』を見に行ったときであるが、やはり例の時間感覚ゆえに最初はバスで安くあげようと言っていたが、のんびりしすぎて時間ぎりぎりになり結局タクシーを使ったという経緯があった。しかし、そのような時間厳守のもの以外であれば、自分が1時間遅れてきても友達に「マイペンライ」といって済ますことが可能だ。少なくとも私は友達に1時間待たされても、相手は久しぶりに会えて嬉しいとの言葉しか聞くことが出来ない。「遅れてごめん。」という言葉を私は聞くことが出来なかった。しかし、タイだからそれでいいのだ。 最後にタイのシネマコップレックス化の特殊事情を紹介させてもらう。それは人口のバンコクへの過度の集中からマーケットの拡大ゆえに一気にシネマコンプレックス化が進んだことである。それゆえ歴史のあるサイアムスクエア周辺の単館の映画館は経営が苦しいのではということが推察される。また地方はバンコクほどの人口を擁すことがないので、シネマコンプレックス化は進んでいない。しかし、ケーブルテレビの普及、レンタルビデオの普及により、地元ローカルな映画館はお世辞でも活気があるとはいえない状況だ。これからどのように都市と地方で映画を守っていくのか、経営者の手腕に期待する。やはり映画は何処に行っても映画館で見たい。確かにアメリカや日本ほどではないけれど、タイでも大型のテレビを持っている家庭は増えてきて、ホームシアター化が進むのは長いスパンで見るとその様になるであろう。しかし、私はそれに太刀打ちできるものを映画関係者は何とか観客に提示し良好な競争を維持し、何とか踏ん張ってもらいたいものである。 |